2021年1月1日
明けましておめでとうございます。
昨年は、日本にとっても世界にとっても、辛く、厳しい年でした。
今年は良い年になってほしいと誰もが望んでいますが、新型コロナウイルスの脅威はまだまだ続きそうです。
この脅威、この辛い日々の、一日も早い終息を切に願います。
さて、昨年は、安倍晋三が首相を辞任した年でした。
皆さんは、安倍政治にどのような印象をお持ちでしょうか?
例えば、安倍政治といえば、「強行採決」を思い浮かべる方がいらっしゃるのではないでしょうか。
客観的に強行採決だったか否かはともかく、テレビや新聞では、よく「強行採決」という言葉を見聞きしましたよね。
議会で過半数を占める勢力があり、議長もその勢力の一人であるならば、議論が不十分でも議長は採決を強行し、議会は賛成多数で法案を成立させることができます。
ここでは、安倍政治では強行採決が行われたか否かを検証するつもりはありません。
私がこの場で皆さんと考えたいのは、「多数決」の意味です。
ここで問います。「多数決」とは何でしょうか?
もちろんそれは、集団で意見が対立する時に、多数派の意見に従うという、決め事の決定方法(決め事の決め方)です。
では、次に問います。なぜ多くの場合、多数決は決め事の決め方として採用されるのでしょうか?
読者の皆様の中には、
「当たり前だろ!」
と声をあげたくなった方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、「当たり前だから」という理由に論理的説得力はありません。
私がもし、「当たり前だろ!」と言われたら、私は再び
「なぜ?」
と問います。
再度「いや、当たり前じゃねーか!当然だろ!!」とキレられても、私は再び
「なぜ?」
と問い返します。
これが永久に繰り返されるかもしれません。
どうでしょうか。
読者の皆様は、なぜ多数決なのかを考えたことはおありでしょうか?
もし考えたことがおありでしたら、その答えを得ることはできたでしょうか?
次回の「ロゴスの間」では、「なぜ多数決なのか」を問うことで、多数決とは何か、その本質に迫ります。
昨年は定期的に「ロゴスの間」を開く(ブログを書く)ことができませんでした。
今年こそは週一回を守って「ロゴスの間」を開き、皆さんと学び考える場と時間を共有したいと考えております。
皆さんもご多忙かと思いますが、論理の世界、「ロゴスの間」にご参加いただきますよう、本年もよろしくお願い申し上げます。
次回をお楽しみに。
皇紀2680年1月1日
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