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反・親孝行

2020年6月6日

 

誰もが一度は、

 

「親に感謝しなさい。」

「親孝行しなさい。」

 

と言われたことがあるのではないでしょうか。

もちろん私も、何度も言われたことがあります。

 

では、皆さんは、親に感謝すべきだと思いますか?親孝行すべきだと思いますか?

 

多くの人と同じように、「親に感謝しなさい。」「親孝行しなさい。」と幼いころから言われ続けた私は、バカ正直に、その通りだ、そうすべきだと信じていました。20歳までは。

 

Tumblr(2020年6月3日、6月6日)で述べていますが(読んで下さい、という意味ではありません。)、私は大学3年次の正月、人生で最も辛い時に、真っ先に親に見放されました。

 

私は死ぬほど辛かったです。

私が今生きているのは、辛くても死ぬほどではなかったからではありません。私は死ぬほど辛かったです。

 

しかし、私にはやらなければならないことがありました。成さなければならないことがありました。

だから、死ぬわけにはいきませんでした。

 

私は考えました。

理不尽だ。何かがおかしい。

 

そして、当たり前のことに気づかされました。

 

「私は、生まれたくて生まれたわけではない。」と。

 

私は、親を選んで生まれたわけではない。環境を選んで生まれたわけではない。

そう考えたことは、以前にもありました。

 

しかし、生まれたくても生まれたわけではない、と考えたことは、この時が初めてだったかもしれません。21歳になって、ようやくこの程度の現実と向き合いました。

 

子供は、生まれたくて生まれるわけではない。親を選んで、環境を選んで生まれるわけではない。

子供は、親の意志と行為によって生まれます。

 

ゆえに、親が子供を育てるのは当然です。

したがって、子供は親に感謝する必要も孝行する必要もありません。

 

親が子供に「感謝しろ」と言うならば、それは親の傲慢でしかありません。

子育てがどんなに忙しかろうが、どれだけ経費がかかろうが、それを選んだのは子供ではなく親です。その程度の苦労は、当たり前です。

 

それとも、その程度の覚悟も無しに子供を生んだのでしょうか?

 

親が子供を育てるのは当然である。

ならば、子供が親に感謝することは誤りなのでしょうか?

 

そうとも限りません。

もし生まれた家庭で幸せを享受しているならば、その人は親に感謝するべきです。

なぜなら、親が生んで育ててくれなければ、その人はその幸せを授かることができなかったからです。

 

逆に考えると、親は子供を幸せにしなければなりません。

子供は、生まれたくて生まれるわけではありません。親を選んで、環境を選んで生まれるわけではありません。

ゆえに、生まれてしまったならば、その人は幸せにならなければなりません。親は、子供を幸せにしなければなりません。

 

私は、「人はなぜ、何のために学び働くべきか」にて、

 

「人の一生は、より多くの幸せを得るため、そして与えるためにある。」

 

という仮説を立てました。それは、ここでの論理からも導かれます。

 

すなわち、子供の一生は、より多くの幸せを得るためにある。親は、より多くの幸せを子供に与えなければならない。

 

子供を幸せにできないのであれば、人は子供を生んではなりません。

親が子供を育てるのは当然です。子供はそれを感謝する必要はありません。子供に「感謝しろ」と言うのであれば、それは甚だ親の傲慢です。

しかし、生まれた家庭で幸せを享受しているのであれば、子供は自然と親に感謝するはずです。

 

私は、人生で最も辛い時に親に真っ先に見放されました。私は、親の性欲の産物でしかありません。

 

だから私は、親に感謝することも孝行することを絶対にありません。

この命を肯定し、幸せを享受し、親を許すわけにはいきません。

 

したがって、私は、絶対に幸せにはなりません。

 

皇紀2680年6月6日